大判例

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東京高等裁判所 昭和48年(う)943号 判決

被告人 横山靖

〔抄 録〕

弁護人は、道路交通法七〇条はきわめて包括的に犯罪構成要件を規定しており、きわめて広汎な適用をみることとなるので罪刑法定主義の趣旨に則り厳格にこれを解すべきところ、本件事実関係のもとにおいては、被告人に対し左後方の注視まで要求することは不可能を強いるものであって、特に左後方の安全確認義務を負わせるのを相当とする特段の事情は窺われず、また、後退に際して衝突した相手方車両は不法駐車をしていたものであり、しかも運転免許証を有する同乗者が車中にいながら無燈火であったのであり、燈火をつけていれば容易に本件衝突事故を回避できたのであるから、被告人の本件所為は右七〇条の構成要件に該当しない、というのである。

しかしながら、本件の場合は前記認定のとおり自車後方の左右にわたり十分に安全を確認すべき義務があったと認めるのが相当であり、なお、後部座席に二人の同乗者もいたのであるから、それらの人に協力して貰って左後方の死角に属する方面の安全を確認することもたやすい状況にあったのであって、所論のように左後方を確認することが不可能であったということはできない。また、過失による道路交通法七〇条違反の罪が成立するためには、具体的な道路、交通および当該車両等の状況において他人に危害を及ぼす客観的な危険のある速度または方法で運転すること自体について過失が存することを要し、またそれをもって足りると解すべきであって(最高裁判所昭和四七年(あ)一〇八六号・同四八年四月一九日一小法廷判決、最高裁判所昭和四五年(あ)七一〇号・同四六年一〇月一四日一小法廷判決・刑集二五巻七号八一七頁各参照)、他の人車との接触という結果の発生ないしその相手方の落度の有無は必らずしも右過失による安全運転義務違反罪の成否を決する要素となるものではない。所論は、相手方車両の不法駐車を非難するが、その不法駐車はわずか二、三分間程度のものと認められ(因みに比較的交通の閑散な時刻場所においては不法駐車の事態も往々見受けられるところであり、現に被告人自らも同交差点から約五〇メートル離れた同じ道路上に約二時間にわたり不法駐車を続けたのち発進後退して来たものである)、本件の場合、右相手方車両に程度の軽微な法令違反ないし落度があったからといって、被告人の前記過失犯の責任を否定し去るわけにはいかない。してみれば、いずれの面から考えても当裁判所が認定した被告人の本件所為は過失による道路交通法七〇条違反の罪の構成要件を充足するものというべく、所論は採用しがたい。

つぎに、弁護人は、被告人の本件所為は類型的に道路交通法二五条の二、一項の運転者の義務違反の過失犯たる内容を有するところ、同条項については過失犯処罰の規定を欠き、したがって過失による右運転義務違反は一切処罰しない趣旨と解されるので、被告人の右所為に対し同法七〇条の安全運転義務違反罪の過失犯処罰規定を適用することは許されない、というのである。

しかしながら前掲昭和四八年四月一九日の最高裁判決が説示するとおり(尤も、同判決は昭和四六年法律九八号による改正前の道路交通法二五条の二、一項に関するものであるが、右改正後の現行規定に関しても、理は同一である)、被告人の本件後退行為が道路交通法二五条の二、一項違反の過失犯たる内容を有するからといって、直ちに同法七〇条後段の安全運転義務違反の過失犯処罰の規定を適用する余地がないとする理由はなく、かえって、同法七〇条の安全運転義務が、同法の他の各条所定の運転者の具体的個別的義務を補充する趣旨で設けられていることから考えると、過失犯処罰の規定を欠く同法二五条の二、一項違反の過失犯たる内容を有する行為についても、同法七〇条の安全運転義務違反の過失犯の構成要件を充たすかぎり、同法一一九条二項、一項九号の処罰規定を適用し得るものと解するのが相当である(因みに、故意にかかる同法二五条の二、一項違反の罪が同法一一九条一項二の二号により三月以下の懲役又は三万円以下の罰金と定められているのに対し、同法一一九条二項の過失犯はそれより軽い五万円以下の罰金と定められているので、本文のように解しても、刑の権衡を失することはない)。所論は採用できない。

(吉田 大平 粕谷)

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